つくしんぼはハンディのある子どもたちの放課後の遊び場です

「フリースペースつくしんぼ」のはなし

NPOはらっぱは「フリースペースつくしんぼ」からはじまりました。
今は昔、1996年のこと。町田市の南の端っこに、しょうがい児もけんじょう児も一緒に遊べる自由な空間として「フリースペースつくしんぼ」は誕生しました。

当時の町田市には、しょうがい児のための施設は「すみれ教室」と「でんでんむしの家」の2つだけしかありませんでした。
学童保育の環境も今とはまったく異なり、しょうがい児はその学童の施設長が独自の判断で通所を承諾したのみ。ほとんどの学童はしょうがい児の受け入れをしていませんでした。

当然、放課後にしょうがい児が行ける場所なんかありません。
通う場所がなければ、なければつくるしかない!
放課後活動するものこの指とまれ!
町田市の南地区の6人の親たちが集まって、農家の一軒家を借り、自主活動の場として活動をはじめたのが「フリースペースつくしんぼ」でした。

活動をはじめたものの、施設として受けられる補助金等は一切ありませんでした。
まったくの無一文からのスタート。活動資金は、親たちで企画するバザーや、お祭りやイベントに参加してのテキ屋稼業で賄いました。焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、かき氷、クレープ、わたがし、ポップコーン。なんでも屋でした。

あの頃が一番楽しかったような気がします。
だって、あの頃はまだ恐いものなし、なんでも「あり」だったのですから……。

活動の開始とともに作成した「フリースペースつくしんぼ」のホームページのスタートは、 まだ「グーグル」がなかった頃。「ググる」なんて言葉も当然なかった頃。検索サイト「ヤフー」がリンク先をこつこつ手作業で入力していた頃。ロボット検索なんてありっこない頃。その「ヤフー」に「つくしんぼ」のホームページは日本初の障がい児の放課後活動のサイトとして認定され、登録されました。
「障害児」and「放課後」で検索すると、「つくしんぼ」しか出て来ない時代が長く続きました。
そのおかげで、東京都も町田市も「つくしんぼ」の活動をなかなか認めてくれなかったけれど、日本全国の仲間たちが応援してくれました。
「つくしんぼに補助金を出してやれーっ!」町田市役所に電話してくれたのは、全国のしょうがい児の親たち。仲間たちでした。

施設として発行する【つくつく通信】はホームページにも掲載。
他の福祉施設のものと一味違う通信は、町田市の職員さんたち、市議会議員さんたちはもちろん、当時の市長さんや助役さんにも愛読者となって頂けるようになり、全国的にも有名な施設機関紙となりました。

わずか数年の間に「フリースペースつくしんぼ」は全国的にはかなり有名な「しょうがい児の放課後保障のフリースペース」として認知されるようになりました。
その証拠に、「つくしんぼ」を手本に……と活動を開始した「しょうがい児のための放課後活動の場所」が、全国でかなりの数にのぼっています。

その頃の動画があります。→【こちら】

活動をはじめて2年後、1998年に「フリースペースつくしんぼ」は東京都単独のデイサービス事業の施設として認めて貰うことができました。それでやっと職員を雇うことができました。
親子で活動する自主グループだったものが、やっと施設っぽくなりました。

歴史

1996/06/01
「フリースペースつくしんぼ」活動開始。(1年目)
1998/04/01
東京都デイグループ事業(旧 デイサービス事業)として認可され、町田市から補助金を受ける。(3年目)
2006/04/01
「NPO法人はらっぱ」として認可される。(11年目)
2012/07/01
東京都単独福祉補助事業から放課後等デイサービス事業に移行。(17年目)
2014/04/01
理事長・施設長が交代。山下→杉本(19年目)
2017/11/13
新施設に引っ越し。(22年目)

開設から21年が過ぎました

いろんなことが変っても、「つくしんぼ」は「フリースペース」のままです。自由な空間です。
「フル送迎で障がい児を預って営利を追及しているだけの事業所」や「親にとって障がい児が預けられる便利な事業所」とは一線を画しています。
意地になってそういう立場を貫いています。だからこそ、引っ越し先の庭を全面芝生にしました。
子どもたちを閉鎖的な四角い空間に閉じこめているだけような放課後等デイ事業所が雨後のタケノコ状態の昨今ですが、つくしんぼはその存在意義からして違います。
開放的でのんびりのびのびマイペース。代表が代わっても引っ越ししてもやっぱりマイペース。
つくしんぼはずっとつくしんぼのままなのです。(^o^)v

文責:山下(前理事長・代表)

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